1. 植物の重力応答の分子機構の解明
植物は陸上への進出以来、様々な環境ストレスを回避するために、地球上に恒常的に存在する重 力を利用して成長を制御する戦略を獲得しました。例えば、茎や根は重力に応答した屈曲成長 (重力屈性)により、自身の成長方向を制御することによって養水分の獲得や光合成を効率的に行 うとともに、自身の体を支えています。また最近の私達の研究により、植物は重力により成長方 向を決定するだけでなく、自身の様々な体づくりにも重力を利用していることが分かってきまし た。しかしながら、その分子機構は未だベールに包まれています。私達はこの研究で、植物の重 力応答の分子機構を、以下の3つのテーマによって解明しようとしています。
研究1) キュウリ芽ばえの重力形態形成機構の解明
キュウリなどのウリ科植物では、発芽直後に根と茎の境界領域 の下側にペグと呼ばれる突起を形成し、それで種皮の一部を抑 えておいて胚軸が伸長することによって、芽ばえが種皮から抜 け出します。この形態形成が重力によって制御されるものであ ることを証明するために、私達は1998年にSTS-95スペース シャトルDiscovery号の打ち上げに参加し、キュウリ芽ばえを 宇宙の微小重力下で生育させる実験を行いました。この宇宙実 験により、本来芽ばえの境界領域は2つのペグを対称的に発達さ せる能力を持ちますが、地球上で横になった境界領域の上側で は、重力応答によって植物ホルモンの一つであるオーキシンの 量が減少して、ペグ形成が抑制されることが分かりました。私 達はその後の詳細な解析によって、この上側におけるオーキシ ン量の減少には、オーキシンの輸送タンパク質群が重要な役割 を果たし、それに続くオーキシン応答には転写因子である Auxin Response Factor (CsARF2)、CsIAA1、CsIAA2、 オーキシン誘導性のCsACS1というタンパク質が関与する可能 性を示しました。現在、1) 重力依存的なオーキシン輸送タンパ
研究2) アサガオを用いた重力依存的形質の解析
日本で栽培されているアサガオの品種に、シダレアサガオ(枝垂; weeping)という突然変異体が存在します。シダレアサガオは茎 および胚軸の重力屈性を完全に欠損し、つるが支柱に巻き付く ことの出来ない変異体です。私達はこのシダレ変異体を用い て、他のモデル植物では見ることの出来ないアサガオの形質に 注目し、その形質の重力依存性や、重力応答機構について解析 を行っています。私達は最近、この変異体が何故しだれるの か、をつきとめることに成功しました。シダレアサガオでは、 PnSCRという転写因子タンパク質の機能欠損により、植物の地 上部が重力を感じるために必要とする細胞; 内皮細胞が無くなっ ていることが分かったのです。さらに私達はシダレアサガオに おいて、高等植物で一般的に見られる成長点の回転運動; 回旋転
最近の主な論文
Kitazawa D, Miyazawa Y, Fujii N, Nitasaka E, Takahashi H. (2008)
Characterization oh a novel gravitropic mutant of morning glory, weeping2. Elsevier 42: 1050-1059

Kitazawa D, Miyazawa Y, Fujii N, Nitasaka E, Takahashi H. (2008)
The gravity-regulated growth of axillary buds is mediated by a mechanism different from decapitation-induced release. Plant Cell Physiology. 49(6):891-900.

Shimizu M, Suzuki K, Miyazawa Y, Fujii N, Takahashi H. (2006)
Differential accumulation of the mRNA of the auxin-repressed gene CsGRP1 and the auxin-induced peg formation during gravimorphogenesis of cucumber seedlings. Planta 225(1): 464-473.

Kitazawa D, Hatakeda Y, Kamada M, Fujii N, Miyazawa Y, Hoshino A, Iida S, Fukaki H, Morita M, Tasaka M, Suge H, Takahashi H. (2005) Shoot circumnutation and winding movements require gravisensing cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102 (51): 18742-18747.

Saito Y, Yamasaki S, Fujii N, Takahashi H. (2005) Possible involvement of CS-ACS1 and ethylene in auxin-induced peg formation of cucumber seedlings. Ann. Bot. 95 (3): 413-422.

Saito Y, Yamasaki S, Fujii N, Hagen G, Guilfoyle T, Takahashi H. (2004) Isolation of cucumber CsARF cDNAs and expression of the corresponding mRNAs during gravity- regulated morphogenesis of cucumber seedlings. J. Exp. Bot. 55: 1315-1323.

Hatakeda Y, Kamada M, Goto N, Fukaki H, Tasaka M, Suge H and Takahashi H. (2003)
Gravitropic response plays an important role in the nutational movements of the shoots of
Pharbitis nil and Arabidopsis thaliana. Physiol. Plant. 118 (3): 464-473.

Saito Y, Yamasaki S, Fujii N, Hagen G, Guilfoyle T, Takahashi H. (2004) Isolation of cucumber CsARF cDNAs and expression of the corresponding mRNAs during gravity- regulated morphogenesis of cucumber seedlings. J. Exp. Bot. 55: 1315-1323.

Kamada M, Yamasaki S, Fujii N, Higashitani A, Takahashi H. (2003) Gravity-induced modification of auxin transport and distribution for peg formation in cucumber seedlings: possible roles for CS-AUX1 and CS-PIN1. Planta 218: 15-26.

Kamada M, Fujii N, Aizawa S, Kamigaichi S, Mukai C, Shimazu T, Takahashi H. (2000) Control of gravimorphogenesis by auxin: accumulation pattern of CS-IAA1 mRNA in cucumber seedlings grown in space and on the ground. Planta 211: 493-501.

Fujii N, Kamada M, Yamasaki S, Takahashi H. (2000) Differential accumulation of Aux/IAA
mRNA during seedling development and gravity response in cucumber (Cucumis sativus L.).
Plant Mol. Biol. 42(5):731-40

Takahashi H. (1997) Gravimorphogenesis: gravity-regulated formation of the peg in cucumber
seedlings. Planta 203(Suppl 1):S164-9.
ク質局在変化を介したペグ形成の分子解明、2) 重力に応答し上側でペグ形成を抑制する遺伝子
の探索、3) ペグ形成に関与する転写因子群の機能解析、の3つのテーマによって、キュウリ芽
ばえのペグ形成の全容を明らかにしようとしています。なお本研究テーマの一部は、日本宇宙
フォーラムの平成16年度・公募地上研究の採択課題「植物の成長を統御する重力応答分子の機
能とネットワーク機構」の一環として行われており、私達は宇宙実験に向けた準備を進めてい
ます。詳しくは日本宇宙フォーラムの採択課題のページをご覧下さい。
頭運動が顕著に低下していることを発見しました。これらの発見によって、回旋転頭運動およ びつるの巻き付き現象が、重力依存的な現象であることが強く示唆されました。現在、更なる 重力依存的な形質の抽出を行うとともに、それらの重力支配の分子機構を解き明かす研究を進 めています。
研究3) シロイヌナズナの根の重力感受機構の解明
植物の根は重力を感受し下向きに成長します。植物はこの「負の重力屈性」を伸長方向制御の 一要因として用い、生育に必要な養水分を効率的に獲得しています。根の重力屈性については これまでに、古典的な生理学・形態学的研究だけでなく、モデル植物であるシロイヌナズナの 突然変異体を用いた遺伝学的研究も行われてきました。しかし変異体のほとんどは、重力屈性 という一連の生物反応のうち後期の過程に関わる遺伝子に変異が起こっており、重力の感受や 刺激伝達という初期の過程に関与すると思われるものは非常に少なく、重力屈性の全容は未だ 明らかになっていません。そこで本研究では、根における重力感受・刺激伝達に関わる新規遺 伝子を獲得するため、従来では行われてこなかった新規スクリーニング系を適用して、新規の シロイヌナズナの根の重力屈性異常突然変異体を単離し、その解析を行っています。
新規スクリーニング系は、根の重力屈
性と光屈性との干渉作用を利用した実
験系であり、根の重力屈性の低下を非
常に高い感度で検出できる点に特色が
あります。私達はこの新規スクリーニ
ング系を用いて、これまでに突然変異
誘発した10万株のシロイヌナズナを
スクリーニングし、根の重力屈性が異
常になった44系統の突然変異体を単
離しており、現在それらの詳細な解析
を進めています。
スクリーニング系