研究内容

植物の重力応答の分子機構の解明

植物は陸上への進出以来、様々な環境ストレスを回避するために、地球上に恒常的に存在する重力を利用して成長を制御する形質を獲得しました。例えば、茎や根は重力に応答した屈曲成長 (重力屈性) により、自身の成長方向を制御し、養水分の獲得や光合成を効率的に行うとともに、自身の体を支えています。また最近の私達の研究により、植物は重力により成長方向を決定するだけでなく、自身の様々な体づくりにも重力を利用していることが分かってきました。しかしながら、その分子機構は未だベールに包まれています。私達は、植物の重力応答の分子機構を、以下の3つのテーマによって解明しようとしています。



研究1) キュウリ芽ばえの重力形態形成機構の解明

キュウリなどのウリ科植物では、発芽直後に根と茎の境界領域の下側にペグと呼ばれる突起を形成し、それで種皮の一部を抑えておいて胚軸が伸長することに よって、子葉が種皮から抜け出します。

 動画1は、発根し、重力屈性により根端が下側に屈曲した芽生えが、ペグを利用して種皮から脱皮する様子です。ロックウールにキュウリの種子を挟んで、発芽させました。根が伸長してからしばらくすると、子葉に隣接した胚軸の上側が湾曲し、フックを形成します。そして、胚軸の伸長とともにフックがロックウールを押し上げるように上側へ成長します。その間、胚軸と根の境界域に形成されたペグと呼ばれる突起が種皮を押え、種皮は胚軸と根の境界域に留まります (この動画の最後の方で種皮を抑えているペグがチラッと見えます)。そして、上側への胚軸の伸長により、種皮から子葉が抜け出ています。
 動画2は、胚軸と根側の種皮を剥いだ種子での発芽の様子です。根は少し伸びてから、根端が重力屈性により下側に屈曲します。根と胚軸の境界域にペグと呼ばれる突起ができます。初め、ペグは境界域の下側にできますが、動画ではよく見えません。その後、根の発達とともに、動画では、境界域の左側にペグが発達する様子がよく見えます。やがて、胚軸が伸長し、フックが形成されます。そして、胚軸が伸長して、フックがロックウールを押し上げるように上側へ成長します。芽生えの成長ともに、子葉が大きくなるので、種皮がペグに抑えられていなくても、最終的には子葉は種皮から抜け出せます。

 以上のように、ペグは子葉の種皮からの脱皮を促進する役割を果たしています。 この形態形成が重力によって制御されることを証明するために、私達は1998年にSTS-95スペースシャトル Discovery号において、キュウリ芽生えを宇宙の微小重力下で生育させる実験を行いました。この宇宙実験により、本来芽生えの境界領域は2つのペグ を対称的に発達させる能力を持ちますが (写真左)、地球上で横になった境界領域の上側では、重力応答によって植物ホルモンの一つであるオーキシンの量が減少して、ペグ形成が抑制されることが分 かりました (写真右)。私達はその後の詳細な解析によって、この上側におけるオーキシン量の減少には、オーキシンの輸送タンパク質群が重要な役割を果たすことを示し ました。現在、重力依存的なオーキシン輸送タンパク質局在変化を介したペグ形成の分子解明に着目し、キュウリ芽生えのペグ形成の重力依存的な形態形成制御 機構を解析しています。なお、本研究テーマの一部は、宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の第二期利用テーマ「植物の重力依存的成長制御を担うオーキシ ン排出キャリア動態の解析:CsPINs (研究代表:東北大学 高橋秀幸)」の一環として行われており、私達は宇宙実験に向けた準備を進めています。詳しくは以下のページをご覧ください。



■宇宙ライフサイエンス実験CsPINs解説ページ : http://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/second/cspins/
■宇宙実験の概要をサクッと解説:http://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/second/cspins/kaisetsu_1.html

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シロイヌナズナの根の重力感受機構の解明

図1 新規スクリーニング系の模式図

突然変異源処理したpin3突然変異体またはarg1 pgm二重突然変異体プールから、それぞれの突然変異体での重力屈性の低下が強まるエンハンサー突然変異体を単離する。一次スクリーニング (ⅰ)、二次スクリーニング (ⅱ) ともに重力(あるいは遠心力)と反対向きに、つまり下側から (あるいは遠心機の外側から内側へ向けて) 青色光を当てる。植物体に取っては、正の重力屈性に従って根をのばそうとする方向から光を照射しているので、負の光屈性に従おうとすると根の伸長方向が正の重力屈性による屈曲方向と真逆となる。根の場合、重力屈性が光屈性に優先するため、野生型ではこのような環境では重力方向に根を伸長させる。


a)突然変異源処理したpin3突然変異体プールからの選抜

ⅰ)一次スクリーニング

PIN3タンパク質は重力感受細胞で発現し、重力刺激に応答して局在が変化することにより、オーキシンの偏差分布を誘導する。したがって、PIN3タンパク質はオーキシン偏差分布を誘導することにより、重力感受細胞から他の細胞へ重力シグナルを伝達するシグナル伝達分子であると考えられる。しかしながら、pin3突然変異体の重力屈性の表現型は野生型のものと近いため、重力感受細胞でPIN3タンパク質以外にもシグナル伝達分子が機能していると考えられる。野生型の芽生えを重力屈性と光屈性が競合する環境下で生育させると、重力方向に根が伸長する。しかし、突然変異源処理したpin3突然変異体プールの中から、稀に光屈性に従って上側に根を伸長させる植物体が得られる。このような植物体は、PIN3遺伝子での突然変異に加え、重力感受細胞で機能するPIN3以外のシグナル伝達分子をコードする遺伝子に突然変異が生じたため、重力屈性と光屈性の優先性が逆転すると期待される。このようなpin3エンハンサー突然変異体を選抜し、さらに二次スクリーニングにかける。

ⅱ) 二次スクリ−ニング

一次スクリーニングで選抜された中には、プレートの凹凸や他の植物との接触などが原因で上向きに根が伸長している芽生えもある。そこで、遺伝的な要因で根の伸長方向が変化しているものだけを選抜する目的で、さらに二次スクリーニングを行う。そのため、一次スクリーニングで選抜した芽生えを、根が水平になるように新しい培地へ移植する。野生型の根では重力屈性が光屈性に優先するため、1日後には根が90˚曲がり、下に伸びる。本条件下では、pin3突然変異体の1日後の根の伸長方向は野生型に類似している。一方、根が90˚下側に曲がらなかったり、光の方向に従って上方向へ曲がったりする芽生えはpin3突然変異遺伝子以外にも重力屈性に関わる遺伝子に突然変異が生じている可能性があり、新規突然変異体候補であると考えられる。


b)突然変異源処理したarg1 pgm 突然変異体プールからの選抜

デンプンの生合成経路のPhosphoglucomutase を欠損したpgm突然変異体では、アミロプラストが正常に沈降しないことにより、重力屈性能が低下する。また、DnaJ様タンパク質をコードし,分子シャペロンとしての機能が予想されるARG1を欠損することによってもシロイヌナズナの根の重力応答性が低下する。しかし、重力感受分子をコードしていると考えられる遺伝子での突然変異は同定されておらず、重力感受分子は未解明である。それぞれ単独の突然変異体 (arg1 突然変異体、あるいはpgm突然変異体) では、根の重力屈性は完全に欠損しない。一方、arg1 pgm二重突然変異体の根の重力屈性は、1G条件下では、ほぼ完全に欠損する。私達は、arg1 pgm二重突然変異体の芽生えを植物用低速遠心機にプレートを搭載し、遠心力によりプレート上の植物体に1Gよりも強い遠心力を芽生えにかけることにより、arg1 pgm突然変異体でも過重力状態で重力屈性が回復することを見出した。従って、arg1 pgm二重突然変異体でも、重力感受分子が機能していると考えられる。そこで、arg1 pgm二重突然変異体に突然変異を更に誘発した芽生えに、過重力状態で重力(遠心力)方向と逆向きに光を当てて、光屈性を強く発現する芽生えを選抜することで、arg1 pgm二重突然変異体で機能している重力感受分子をコードする遺伝子に突然変異が生じたarg1 pgmエンハンサー突然変異体が単離出来ると考えられる。今後、この実験条件を用いて突然変異源処理したarg arg1 pgm突然変異体プールからの選抜を行う。


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アサガオを用いた重力依存的形質の解析

日本で栽培されているアサガオの品種に、シダレアサガオ(枝垂;weeping)という突然変異体が存在します。シダレアサガオは茎 および胚軸の重力屈性を完全に欠損し、つるが支柱に巻き付く ことの出来ない変異体です。私達はこのシダレ変異体を用い て、他のモデル植物では見ることの出来ないアサガオの形質に 注目し、その形質の重力依存性や、重力応答機構について解析 を行っています。私達は最近、この変異体が何故しだれるの か、をつきとめることに成功しました。シダレアサガオでは、 PnSCRという転写因子タンパク質の機能欠損により、植物の地 上部が重力を感じるために必要とする細胞; 内皮細胞が無くなっ ていることが分かったのです。さらに私達はシダレアサガオに おいて、高等植物で一般的に見られる成長点の回転運動; 回旋転倒運動が顕著に低下していることを発見しました。これらの発見によって、回旋転頭運動およ びつるの巻き付き現象が、重力依存的な現象であることが強く示唆されました。現在、更なる 重力依存的な形質の抽出を行うとともに、それらの重力支配の分子機構を解き明かす研究を進めています。


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