平成28年度文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究

平成28年度文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究

植物新種誕生原理植物新種誕生原理

Nagoya University Live Imaging Center

研究概要

概要

植物の生殖は、他の種と交雑することなく自らのゲノムを維持する保守的な機構と、柔軟に他種と交雑し新たな形質を獲得する革新的な機構から成立しています。この矛盾した機構を支える原理は、植物の生殖過程に特徴的な「鍵と鍵穴」として捉えることができます。ここで「鍵と鍵穴」とは、単に自己と他者を区別するリガンド・レセプターにとどまらず、複数の転写因子からなる転写複合体と標的遺伝子、低分子RNA群と標的ゲノムなどを含みます。
本新学術領域は、これまでの植物生殖研究の成果を基盤に、我が国が誇る3つの最先端技術(ライブセルイメージング、有機合成化学、構造生物学)を活用した「鍵と鍵穴」の分子構造解明、分子改変、可視化を行い、植物の新種誕生を巡る原理を探求します。

領域の研究内容

植物の生殖過程には、「他の植物種と交雑することなく自らのゲノムを維持するシステム」が組み込まれており、ゲノムを異にする種間の交雑は通常成立しません。しかし、稀にこのシステムを乗り越え、「異種ゲノムを柔軟に受け入れて新しい種を誕生させるシステム」が機能すると、異種ゲノムを併せ持つ新種が誕生します。こうした異種ゲノム合一による新種誕生は、迅速な進化を達成する極めて重要なイベントであるにもかかわらず、分子メカニズムの実態解明や、本質的な理解に向けた研究は端緒についたばかりです。

種の障壁の実態は何か?

この図は、交雑により新種の植物が形成された例を示しています。こちらは見た目のよく似たオオムギとコムギになりますが、植物でも異種間の交雑を阻む種の障壁が存在します。一方、見た目の異なるカブとキャベツの間にも種の障壁は存在しますが、障壁を越えて交雑し誕生した生殖能力のある新種が、セイヨウナタネです。しかもこの際、油がたくさんとれるといった、新しい形質が獲得されます。この新種誕生の鍵をにぎる種の障壁の実体とは何なのでしょうか。

これを受精に至る「鍵と鍵穴」と定義

例えば花粉が雌しべの上に付着すると、花粉から花粉管が伸びて雌しべの中を進んで行き、卵細胞の待つ胚嚢へと誘引されます。この誘引には強い種の特異性があり、同種同士の花粉管だけが胚嚢に巧みに誘引されます。この厳密な種の認識が、まさに種の壁と言えます。
東山領域代表は、長年謎とされた、この花粉管を導く誘引物質、LUREペプチドを発見し、最近では花粉管側の受容体PRK6についても発見しました。紫色で示す卵細胞のとなりに2つあるオレンジ色の助細胞という細胞からLUREは分泌され、PRK6を中心とした受容体の働きで花粉管は誘引されます。本領域では、このような生殖における分子間の特異的な認識のことを、受精に至る鍵と鍵穴と定義します。

複数のリガンド/レセプターが働く組合せ・構造は?

しかし、鍵であるLUREと、鍵穴であるPRKには、それぞれ複数の分子種があります。複数のリガンドが、ダイナミックに組合せを変えるレセプターの複合体に認識されます。こちらはルアー1とPRK6のライブイメージングですが、花粉管先端でPRKは、花粉管が曲がり始める前に、LUREが来る側に局在を変える様子も観察されます。動的に、組合せも変えながら、どのように鍵と鍵穴が働くのか、いまがまさに、生殖の鍵と鍵の本質に迫る解析を進めるべき時と言えます。

それぞれの鍵と鍵穴の実態解明に向けて計画研究班を組織

日本の研究が大きく貢献することで、生殖における鍵と鍵穴を担う分子の候補が、次々に明らかになってきました。これまでに明らかになった分子をタイプ分けし、本領域ではリガンドとレセプター、転写因子複合体と標的遺伝子、低分子RNA群と標的ゲノムという、3つの鍵と鍵穴として定義します。 植物の生殖、雑種誕生過程の全体を見ると、これら3つのtypeの鍵と鍵穴がさまざまなステップに散りばめられています。受精をはさんでその前後に、様々な興味深い鍵と鍵穴が存在しており、それぞれの鍵と鍵穴の実態解明に向けた研究を進めます。

作動機構の理解を鍵と鍵穴のデザインにより実証する

本領域では、生殖における鍵と鍵穴の分子的な作動機構を解明していくことを目指します。そのためにライブセルイメージング技術、有機化学合成、構造生物学の、3つのブレークスルーテクノロジーを柱にします。これらにより、作動機構の理解を、鍵と鍵穴のデザインにより、実証することを目指します。なお、東山領域代表の所属する名古屋大学にはこれらの技術に対して先端的な施設があるので、最大限活用していきます。 生殖過程の鍵と鍵穴の作動機構が解明されることで、これらの分野での多くの知見、技術、基盤がもたらされます。それらは積極的に発信することで社会貢献していきます。そして、何より、この新しい研究領域、新しいアプローチで、異分野融合の技術を柔軟に使いこなす次世代を育てていくことができると期待しています。