東北大学大学院生命科学研究科 植物分子育種分野 渡辺研究室

東北大学展開ゼミ2018レポートへのコメント from タキイ種苗・茂田様より(2/27)(渡辺 正夫)

2019年2月27日 (水)

 遺伝の渡辺でございます。最初のオリエンテーションの時に、本講義のまとめとして、種子などを提供頂いた、タキイ種苗の方から、コメントを頂くということでした。本講義が終わってから、1ヶ月くらいたちますが、記事をuploadしてくれる方もいます。ラボスタッフのオガタくんから、すばらしいという評価のコメントが届いているのではないでしょうか。もちろん、投稿しないまでも、栽培を続けている方もいるのではと思います。タキイ種苗様からのコメントが、受講生の皆さんの参考になればと思いますし、次年度以降の受講生の参考になる貴重なコメントだと思いますので、ご一読下さい。ダイコンハツカダイコンミズナについて、プロの栽培の様子、最終的な収穫物がどうなるのかという写真を、コメントの段落ごとに入れておきました。こちらもあわせて、参考にして下さい。なにより、「餅は餅屋」ですから。


わたなべしする

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以下、頂いた記事の内容

タキイ種苗(株)研究農場 茂田勝美

自己紹介
 このたびは弊社野菜種子を展開ゼミ2018に使用していただきありがとうございました。タキイ種苗(株)研究農場の茂田です。簡単ながら自己紹介をいたします。研究農場は琵琶湖から約10㎞の滋賀県湖南市にあり、野菜、草花の品種改良(育種)を中心に関連する技術の研究開発、園芸培土肥料等の栽培資材の開発、使用試験を行っています

 私は入社以来、野菜の品種改良、資材、種子技術の開発等の業務に携わっていた経緯からか、「展開ゼミ2018レポート」にコメントするようにとの指名を受けました。渡辺先生からは「栽培のプロとしてのコメントを」というご指示がありましたので、気合を入れて受講生の皆さんのレポートおよびフォローコメントをほぼ全てを拝読いたしました。正直に言いますと大変でした。まあそれはさておき、本展開ゼミの主目的が「野菜生育を日々観察し、それを記録、文章化し、文章作成力を身につけること」であるとのことであり、若干のプレッシャーの中で以下に私の感じたことをコメントいたします。

<ダイコン 三太郎 生育、収穫の様子>

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1.栽培について
 最初に受講生の皆さん、野菜の栽培へのチャレンジお疲れさまです。今回のゼミ活動を通して野菜の生育等に少しでも興味を持っていただいたとすれば、将来的な家庭菜園愛好者が増えたことになり、種苗会社の一員として幸いです。
 
 展開ゼミ2018の前提が「盆栽のように野菜を栽培する」ということであり、8号(直径24㎝)植木鉢でどこまで栽培されたのか、レポート中の写真で見させていただきました。

 野菜の種類や時期によって栽培の難しさが違います。本ゼミで使用された野菜をスーパーマーケットや直売所で売られている"野菜の形"まで育てる難しさで考えてみましょう。フォローコメントにもあったかと思いますが、ハクサイ、キャベツが今回の栽培条件では難易度が高く、次いでダイコン(三太郎)、茎ブロッコリ、ハツカダイコン、そしてサイズは小さめになるとしてもホウレンソウ、ミズナ、ルッコラ、サラダナは発芽さえすればなんとか野菜の形にはなったのではと考えています。またリョクトウモヤシやカイワレダイコンについては栽培というよりは食品製造です。余談ですがモヤシやカイワレダイコン製造工場の管轄官庁は農水省ではなく、厚生労働省です。
 
 レポートを拝見すると栽培が難しいハクサイやキャベツを結球開始まであと少しのところまで育てられた方もいますし、茎ブロッコリ、ハツカダイコンは収穫ができたのではないでしょうか。また他の野菜はサイズの大小はあったとしても食用には十分なものに育っていたように思います、少なくとも"ベビーリーフ"としては十分な状態でした。

 話が前後しますが、生育初期から収穫までの間で茎葉の単純な量的増加に加えて形態的な変化が生育に必要な野菜の栽培は難しいと考えます。つまりハクサイ、キャベツでは葉の枚数が増加し、葉のサイズが大きくなるだけではなく、株内側の葉が次々に中心部に向かって湾曲し続けることで"結球"状態となり、所望の収穫物となるわけです。

 また茎ブロッコリは葉数の増加後に花茎、蕾が生長し、収穫物となります、少し専門的にいうと栄養生長期から生殖生長期に状態を変化させる必要があります。追加するとトマト、ピーマン、ナス、キュウリ、カボチャ、メロンやマメ類、オクラなど一般的に果菜類と呼ばれている野菜も同様に茎葉生長をしながら開花、果実を着ける生殖生長も並行させます。

 今回の展開ゼミを受講された方の多くが農学部ではないので、野菜栽培に再チャレンジされるかどうかわかりませんが、二回目以降は確実により上手に栽培できるようになると考えます、なぜならば"野菜栽培で次に何が起きるのか?"の一部を皆さんはすでに経験されたわけですから。お忙しくなるだろう今後の人生のどこかで野菜の種子や苗にふれていただくと幸いです。


<ハツカダイコン コメット 生育、収穫の様子>

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2.種子について
 種苗会社なので"種子"についてご参考までに以下のようなコメントをいたします。

 種子は人類の生存や文化の発展に大きく関係している存在です。コメ、パン、麺類、みそ、豆腐、酒の原料、コーヒー、カカオ豆あるいは家畜の飼料、植物性油の原料等として種子というものが日常生活、産業上で重要なものであることには疑いがありません。

 また例外はあるものの種子は水分含量数%の乾燥状態で生存できる稀有な生物の形態であり、氷点下であっても70~100℃程度の高温下に数日から1週間おいても生命、つまり発芽力を維持することが可能です。実際的に遺伝資源銀行(ジーンバンク)での種子貯蔵、乾熱殺菌技術(種子病害殺菌)にこのような種子の頑丈さが生かされています。種子の堅牢さによりシルクロードによる中央アジア・アフリカ原産野菜の東アジアへの伝播、コロンブス以降の大航海時代のトマト、トウガラシ等の中南米原産野菜の欧州、アジアへの伝播が可能となったものと考えます。

 今回の展開ゼミで使用された野菜の多くは"アブラナ科"で文字通り種子の油分(脂質)含量が高いものです。レポートを拝見すると種子の皮(種皮)をむかれた方もおられましたが、アブラナ科種子では胚乳が退化し、子葉(双葉)と幼根が丸まった状態で存在することが観察できたと思います。種子も生き物なので生命力も年月とともに低下しますが、一般的に子葉よりも先に幼根にダメージが生じ、種子が水分を吸収した後で古種子では子葉は大きくなるが、根が生長しない状態になる場合が多くなります。おそらく子葉では発芽後にすでに存在する細胞のサイズが大きくなることが中心なのに対し、幼根では根端での細胞分裂が必須であり、老化種子ではこの部分のダメージが大きく、根の生長がスムーズに進まなくなるものと考えます。またダイコンやニンジンのような根を収穫する野菜、根菜類では発芽後に最初に伸びる根、一次根が重要であり、この根にダメージが生じると形の不揃いな収穫物になってしまいます。そのため根菜類では畑に直接に種子を蒔き、一次根を素直に生長させる栽培方法が一般的です。

 展開ゼミのレポート中の写真を拝見すると最初に種子を置床したろ紙の水分が多い傾向であるように見えました。脂質の多いアブラナ科種子では吸水後に種子の貯蔵成分を化学代謝させ、発芽生長させるためには、デンプン質のイネ種子よりも多くの酸素が必要です。発芽自体に必要な種子水分含量はおおよそ35~40%であり、ろ紙上に水が溜まっている状態では水分過剰となります。発芽不良やルッコラ、カイワレダイコンで見られた、黒い腐敗症状は水分過剰の結果、アルタナリア属と考えられる黒カビが発生したものと推測されます。

 種子と水の関係について情報を追加します。複数の「種子に関する教科書」によれば、多くの乾燥種子の吸水力は約-1.5MPa、植物が生えている土壌が乾燥し、枯れてしまう限界の土壌の吸水力、永久しおれ点(永久萎凋点、permanent wilting point)も約-1.5MPaとされています。つまり親植物が枯れる寸前の乾燥した土の中で種子は吸水を始めることが可能ということになります。また種子の吸水後、種皮から幼根が外に出てくるまでの間であれば、元の種子に較べると寿命は短くなるものの種子を再び乾燥させることが可能です、しかし種皮から幼根が出てしまった後では乾燥させると幼根もろとも種子には大きなダメージを受けて発芽力を失います。「種皮から幼根が外に出てくる寸前」の状態を"point of no return"(帰還不能点)と表現しています。上記のメカニズムを利用して種子の発芽促進技術が開発され、実用化されています、そのような処理技術は一般的にseed priming、種子プライミングと称されています。もしご興味があればインターネットで検索してください。


<ミズナ 紅法師 生育、収穫の様子>

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ここまで。
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