平成28年度文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究

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植物新種誕生原理植物新種誕生原理

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研究経過

日本育種学会第130回講演会 公開シンポジウムにて講演(辻グループ)

September 26, 2016 2:31 PM

Category:アウトリーチ活動, 学会での企画, 招待講演

main:辻班

日本育種学会第130回講演会の公開シンポジウム「食糧問題を解決する育種学の最前線 ー第2の緑の革命のためにー」にてお話しました。一般市民の皆様に向けて、フロリゲンによる植物の花成の理解、植物改良への道筋について話しました。植物育種学は植物新種誕生原理の理解と親和性の高い研究分野であり、今後さらに発展していくことと思います。

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花咲か爺さんの灰をめざして ~花成ホルモン・フロリゲンの秘密を探る~
辻 寛之 横浜市立大学・木原生物学研究所  

【はじめに】フロリゲンは植物に花と実りをもたらすホルモンである。そう聞くと日本人の多くは花咲か爺さんの灰を思い浮かべるであろう。花咲か爺さんの灰は花を作らせる理想の物質に見えるが、実際のフロリゲンも人々の暮らしに深く関わっている。例えば北海道は今でこそ日本有数の米どころであるが、明治時代まで米の収穫は極めて困難であった。何が米の収穫を可能にしたのか、その鍵となったのが花の咲くタイミングの制御である。北海道ではイネが花をつけた時には既に寒いので実りが悪くなる。イネに耐冷性を付与すれば良さそうだが、北海道の寒さに耐えられるような親品種がないため困難であった。そこで採られた作戦が「寒くなる前に花をつけさせ、米を収穫する」というものである。この戦略が功を奏し、北海道での稲作は日本の食を支えるまでに成長した。この時に利用された遺伝子も今では特定されており、フロリゲンの合成量を増加させるような遺伝子が当時の育種家、農家によってそれと知らずに活用されたことが明らかになっている。

【フロリゲンの正体】フロリゲンの正体はいったい何であろうか? 1937年にロシアの植物生理学者チャイラヒアンが「植物が季節の変化を感じ取ると葉で合成され、茎の先端まで輸送されて花芽をつくる植物ホルモン」としてフロリゲンの存在を提唱した。以来、世界中でその正体を解明する試みが続けられてきたが正体はわからず、「幻の植物ホルモン」とまで呼ばれていた。しかし近年の分子生物学、分子遺伝学の発展から、2007年についにその正体が明らかにされた。他の植物ホルモンが低分子化合物であるのに対して、フロリゲンは既知のホルモンとまったく異なるタンパク質がその正体だったのである。この発見には日本の植物科学の成果が大きく貢献してきた。私たちはフロリゲンの細胞内受容体を発見、フロリゲンの機能の本体となる核内転写複合体を同定し、フロリゲンの正体に分子レベルの強い証明を与えた。

【これからのフロリゲン研究】フロリゲンは被子植物に普遍的に作用する。その合成量を増やすことで秋咲きのキクを四季咲きに改変できるし、フロリゲンの合成を止めると花をつけないバイオマスイネを作ることもできる。かつて北海道で採られたような、生育に不適な季節が来る前に花を作らせる戦略も、多くの作物に応用することが可能であろう。

 これまで未知であったフロリゲンがはっきりと見つかったことから、教科書も文字通り書き換えられ、今では高校生物の教科書にも私達の撮影した写真と共に紹介されている。この写真は、大学院生ががんばって研究し撮影したものである。フロリゲン研究は未だ黎明期にあり、しかもこれまで日本が世界をリードしてきた研究である。若い皆さんにはこうした研究にぜひ参加していただき、「花と実りの世界」を実現する研究を一緒に進めていただけたらと思っている。

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