概要

概要

植物は自ら移動できないため、着生環境に合わせた可変的な繁殖戦略を見せます。その典型例が自殖(自己交雑)と他殖(他者との交雑)という真逆の生殖システムを内包する「両性花」です。それぞれの植物種は、繁殖戦略に合わせてこの自殖と他殖を目まぐるしく改変しており、その作働因子群における極端に速い進化の動態は、ゲノム配列やタンパク質立体構造に痕跡として刻まれています。本領域では、この両性花を基軸とした植物の繁殖戦略の「挑戦性の痕跡」を紐解くため、AI技術を中心とした先端情報学をコアとしてゲノム生物学、構造生物学や有機化学等の異分野を連結し、静的な植物の極めて動的な生殖システムの基盤原理の理解への変革を目指します。

領域の研究内容

性別が画一的な「メス」「オス」という個体単位に与えられることを基本としている動物とは対照的に、植物は長い歴史の中で、動物と同様に雌雄が個体ごとに分かれるもの、雄花・雌花という概念を成立させ同じ個体内に存在するもの、そして、私たちに最も身近な植物である「被子植物」では、おしべ・めしべという雌雄の器官を併せ持ち、可塑的にその機能を使い分ける「両性花」という形態を進化させてきました。

被子植物は、この植物生殖の革命を引き起こした「両性花」というシステムに基づく「自殖」、すなわち、自身のみによる繁殖を基本としていましたが、その歴史の中で何度も「種独立的に」、他者との交雑を推進する「他殖性システム」の構築、そしてそれを破壊して再び自殖性システムに戻る、という進化を繰り返してきました。代表的な他殖性システムである性染色体による性決定、異形花や異熟花による他者との交雑、自身の花粉で受精することが出来ない自家不和合性などの出現パターンを系統樹の中で見てみましても、被子植物において、系統独立的に、そして非連続的に何度も、これらの他殖システムが成立してきたことがうかがえます。
さらに、この中から1つの系統進化、ここではツツジ目における他殖性システムの変遷を見てみます。

ここではカキやキウイフルーツ、ブルーベリーなどを含むツツジ目という一つの系統進化に注目してみましても、系統特異的に成立した性染色体システムによる雌雄個体性、そして、独立したそれらの破壊や新システム構築による自殖性への回帰、あるいは、全く別の他殖性システムである自家不和合性の成立が、非常に短い進化の中で繰り返し起こっています。この絶え間ない自殖・他殖システムの破壊と再構築こそが、植物の繁殖戦略の根本であり、動物とは異なり自ら動くことが出来ない植物が、様々な環境に適応して生存するために生み出した両性花を基軸とする巧みな繁殖戦略であるといえるでしょう。

植物は自殖と他殖を巡り目まぐるしく作働因子を変化(破壊と構築)させているため、その中心をなす自他認識(雌雄認識)因子は進化が極めて速いという特徴があります。この速い進化は、自他もしくは雌雄の相互作用を規定する中心点にその痕跡が色濃く残されており、裏を返せば、こうした植物の生殖を巡る因子はゲノム情報からの進化予測やタンパク質相互作用・立体構造予測により、雌雄の要となる作働因子の「挑戦性の痕跡」を可視化する上で絶好の標的となります。つまり、植物の生殖システムは大規模ゲノム・進化情報をベースとした情報科学と生物学を融合するのに格好のフィールドであり、本領域では、先端情報科学を中心とした協働展開を通じて両性花に纏わる作働因子の進化的特徴や種を超えた大規模ゲノムデータの解読によって、「両性花」の成立とその可塑的動態が、植物の繁殖システムに多大な影響を与えた可能性を見出してきました。

この技術的基盤の核となるのが、本領域の計画班メンバーおよび計画分担者からなる異分野融合ネットワークです。AI技術を含む先端情報科学を統括コアとして、それと親和性の高い分子動力学シミュレーション、ゲノム進化学、構造生物学、有機合成化学的手法なども包括した学際融合を昇華させ、「新しい生物学的視点」を創出していくことで、従来研究の枠組みを超えた「両性花を巡る多様な繁殖戦略と、その結果引き起こされる多彩な雌雄間でのせめぎ合いの動態原理」の解明を目指します。

本領域では、計画班メンバーが植物の進化を横断する研究材料を用いて植物の生殖システムの挑戦性を支える共通原理の解明にチャレンジします。雌雄異個体を基本として花という概念が無いにもかかわらず、すでに両性花進化に繋がる原点的分子基盤を有するコケを中心とした基部植物群、雌雄同個体性が確立されて進化の岐路に立つ裸子植物、そして両性花を成立させ、その可塑性を活かして様々な挑戦を続けている被子植物を横断的に、そして俯瞰的に眺めることが出来る計画班メンバーによって、本領域では、動物の性とは全く異なる、絶え間なく可塑的な変化を続ける植物独自の生殖戦略を明らかにし、その核として機能するゲノム動態を見出すことを目標にこれまでの枠を超えた変革的研究を進めていきたいと考えています。