研究経過
核細胞質置換系統から細胞質提供親を再構成する実験によって、細胞質ゲノムの遺伝的自律性が確認されました
February 20, 2019 1:16 PM
Category:研究成果
main:宅見班
コムギ遺伝学で数々の業績を上げられてきた常脇恒一郎先生(88歳・京都大学名誉教授・日本学士院会員)の集大成となる研究成果が、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に報告されました。本論文に宅見が関わりましたので、その内容を簡単にお伝えしたいと思います。
細胞質のミトコンドリアや葉緑体に存在する遺伝情報であるプラズモン(plasmon)は、核ゲノムと絶えず相互作用していますが、一方で遺伝的な自律性を保っていると考えられています。この自律性(autonomy)を実験的に確認するために、常脇先生はコムギ核細胞質置換系統を用いました。本論文で扱った核細胞質置換系統は木原均先生がコムギ2倍体近縁種Aegilops caudataにパンコムギを連続戻し交配を行うことで、核をパンコムギに、細胞質をAe. caudataにした系統です。木原先生による最初の交雑は1949年に行われました。その後1967年から2016年まで常脇先生が戻し交配を続けられ、この63世代の間に少しずつ雌性稔性も向上していましたが、Ae. caudata細胞質はパンコムギ核に対して常に雄性不稔でした。
常脇先生は、この細胞質置換系統に4倍性近縁種Aegilops cylindricaを橋渡し役として、Ae. caudata細胞質はそのままで核をAe. cylindricaにした核細胞質置換雑種を作出、その後にさらに核を木原先生が最初の交雑に用いたAe. caudataに戻すことをなされました。つまり、隔離されていた細胞質ゲノムと核ゲノムが半世紀の時を経てもう一度出会ったことになります。この交配に15年ほどかかっておられます。できたAe. caudataは元の系統と全く同じ形質、細胞質ゲノムDNAを示しました。この間の詳細なデータも本論文に示してあります。
コムギ・エギロプス属は、様々な倍数種が知られていますが、その全ての細胞質提供親がわかっています。核ゲノムは倍数種となってから祖先種から改変されることも多いのですが、細胞質ゲノムはほとんど変わっていません。本研究によって、この細胞質ゲノムの遺伝的自律性が実験的にも示されたことになりますが、実際にどのようにこのautonomyが担保されているのかは、まだわかっていません。常脇先生はDiscussionの最後で、プラズモンの自律性には"germ cell"を想定しないといけないのではないかと考えを巡らせておられます。
発表論文:K. Tsunewaki, N. Mori and S. Takumi (2019) Experimental evolutionary studies on the genetic autonomy of the cytoplasmic genome "plasmon" in the Triticum(wheat)-Aegilops complex.