東北大学大学院生命科学研究科 植物分子育種分野 渡辺研究室

気象記念日、震災、食糧(6/2)

2013年6月 2日 (日)

 植物を育てていると、日々の天候がどうなるのか、この先の気温はどうなのか、そうした情報は不可欠である。そんな時に、昔であれば、日々の天気予報をタイミングよく見るしかなかったが、今はinternetに様々な形で予報されている。その中でも、よく使うのは、「日本気象協会」のHPである。最近では試みとして、向こう10日ほど先まで見ることができる。出張先での天気ももちろん重要情報で、傘をどうするかなど。。もちろん、2011/03/11の震災後は、その中の中でも地震情報は常に開いていて、搖れがあると、どこだったのか気になるようになった。そんなお世話になっている「日本気象協会」のHPに6/1に「気象記念日」とあった。1875年6月1日に東京で気象・地震観測が始まったことに由来するらしい。確かに昔は天気予報などなく、どこかの山とか風の具合などを見て、近いところの天気がどうなるのか、経験と勘で予測していたのであろう。もちろん、普段お世話になっているのは、天気予報だけではなく、数え切れないものがある。そうした情報が遮断された生活をした、3/11のことを忘れず、こうしたHPが安心して閲覧できることのありがたさを実感したのであった。

DSCN6433.JPG 2011年の震災からさかのぼること、16年前。神戸淡路大震災が起きた。震災のあと、ずいぶんして神戸大に伺うことがあって、町並みを見た時、あちこちに空き地が残っていたのは、ショックだった。最近、また、神戸に行ったが、空き地になっているところが、完全になくなっていない。。。。あれから、10年以上たつのに。。。もちろん、震災の影響だけではないのかもしれないが、やはり、気になった。何とかしたいという思いと、東日本大震災の15年後、どうなっているのだろうと考えてみた時。。。。神戸大の先生とそうしたことを話した訳ではないが、その15年でどの様な努力と周りからのいろいろなサポートがあって、ここまで来たのか。その歴史を振り返るだけでも、東北復興に向けての鍵となるポイントが見えてくるのではないだろうか。そんな小さな空き地であった。

 震災の時、食べるものがなくて困った。最初は炊き出しというか、大学にあるお米を持ち寄って、研究室を超えて、ご飯をいただいた。とてもありがたかった。いつもなら気にしないで通っている町並みに列があると、何か食べるものを提供しているところなのかと気になった。それくらい、食べるものの大変さと、ありがたさを実感した。世界レベルで見ると、人口は増え続けていて、何年後だったろうか。人口が100億人を超えるという予測は出ている。そんな時、国連食糧農業機関(FAO)が、「栄養価の高い昆虫類」の食としての可能性について、記してあった。また、さっそく、イナゴが添えられたペペロンチーノが出ていた。昔から、イナゴ、蜂の子などは、日本でも食べている。助手をしていた頃の農学部での学祭で、昆虫学研究室で、「食べることができる虫」ということで展示していた。確かに、虫の生命力、増殖力というのは、爆発的なものがある。植物の・作物の研究をしていると、虫は害虫と考えがちであるが、その当たりをうまく考えて、非常の時に備えることが大事なのであろう。そんなことを考えさせられた「気象記念日」であった。

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 わたなべしるす

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