では、もし、清書をしていて、入選でもしていたら。。。。そんなifは、許されないかもしれないが、やっぱり、感想文は好きになってないだろう。最近、どのような書き物、それが、論文であれ、予算書であれ、マニュアルが登場しつつあるのは、よいことなのか、悪いことなのか。最初は、誰もかけないものだろう。でも、最初はやっぱり何かを書いてみようとしてみないと、かけないもののような気がする。最初に書いた英語の論文は、指導教官だった、日向先生にぼろぼろになるまで、直された。。。かなりのショックだった。自分の英語力というか。。。それをそう思わないで、運動と同じでトレーニングと割り切れば、もう少し前向きになれたのかもしれない。今でこそ、ブラインドタッチで、200-300文字/minでタイピングできるが、そこに至るまでにも、ずいぶんと練習をした。練習には、ゲーム世代ということもあり、ゲームの力を借りたような気がするが、できるようになれば、結果は同じかも知れない。スポーツで何かができるようになるのに、方法は1つでないのと同じだろう。

何かを書くときに、周りに見えるものを角度を見て考えるなど、工夫をすれば、きれいに見えることもある。これもトレーニングの成果かもしれない。何事も苦手といわずに、やってみることだろう。ただ、それにしても、読書感想文だけは、やっぱりかけないような気がする。。。。書評のような文章を書くのでもよいという宿題ではだめだろうか。。。。
わたなべしるす
PS. これらの書き物を体系的に教育することが、小さい時からあれば、読書感想文もかけたのかもしれない。。。今の子供たちに、出前講義の時に、聞いてみたいと思った今日この頃であった。。。
