HOME > 研究経過報告 > 計算機シミュレーションを用いて自家和合性の進化を解析した論文がJournal of Evolutionary Biology誌に掲載されました

研究経過報告|新学術領域|ゲノム・遺伝子相関

「研究経過報告」内を検索

計算機シミュレーションを用いて自家和合性の進化を解析した論文がJournal of Evolutionary Biology誌に掲載されました

自家受精を防ぐ遺伝的な仕組みである自家不和合性は,被子植物の中で何度も繰り返し失われ,自家和合性の系統が平行的に進化したことが知られています.アブラナ科植物の自家不和合性システムは,花粉表面で発現する雄遺伝子,雌しべ上で発現する雌遺伝子,およびその下流のシグナル経路から構成されます.私たちは以前,自家和合性の平行進化は,これらの遺伝子のうち雄遺伝子の突然変異によって起きる傾向があることを示しました(Tsuchimatsu et al. 2010 Nature -鈴木班(諏訪部・渡辺)、高山班などとの共同研究; 2012 PLoS Genetics - 経過報告2012年7月).自家不和合性システムのどこかに機能喪失型の突然変異が生じれば自家和合になるので,雄遺伝子でも雌遺伝子でも,あるいはその下流でも,どこに生じた突然変異でも良いはずです.なぜ雄遺伝子の突然変異ばかり見つかるのか―この理由を理論的に検討したのが今回の研究です.鍵は,野生集団での各突然変異の広まりやすさの違いにありました.

雄遺伝子と雌遺伝子は互いに強く連鎖しており,1遺伝子座(S遺伝子座)上に位置しています.雌しべと花粉の不和合性はS遺伝子座上の多数の対立遺伝子(S対立遺伝子)によって決まっており,同じS対立遺伝子の組み合わせだと不和合,別の組み合わせだと和合になります.S対立遺伝子が同じだと,他家受精でも不和合になることがポイントです.ここで,雄遺伝子の壊れた突然変異体由来の花粉は,集団中のあらゆる雌しべと和合になります.ふつう集団中の花粉の数は胚珠の数より桁違いに多いため,限られた交配相手を巡って花粉同士は強い競争関係にあります.この状況では,どの雌しべとも和合になる「見境のない」花粉は野生型の花粉に比べて有利と考えられ,速やかに集団中に広まることが予想されます.それに比べると,柱頭側の特異性を失い,あらゆる花粉を受容できるメリットは知れています.集団中の花粉の量が胚珠に比べてずっと多い限りは,「選り好み」をする,つまり自己と同じタイプの花粉を拒絶する野生型の雌しべでも,自己の胚珠を結実させるのに十分な量の花粉を受容することができると考えられます.よって,突然変異体の野生型に対する相対的な有利さはほとんどありません.花粉と胚珠の数の非対称性に起因する淘汰圧,いわば性淘汰が,雄遺伝子の突然変異によって自家不和合性の喪失が起こりやすい理由です.本研究では,計算機シミュレーションを用いてこの予測を定量的に確認しています.

この研究の新規性のひとつは,突然変異の起こりやすさという今までの進化生態学のモデルではあまり考えられてこなかった要素を明示的に取り入れた点です.アブラナ科の雌遺伝子のコード領域の塩基長は雄遺伝子より約10倍も長く,機能喪失型の突然変異の供給量自体は雌遺伝子の方がずっと多いと考えられます.この突然変異バイアスを考慮に入れてシミュレーションを行っても,最終的に固定する突然変異は雄遺伝子の方が多いことがわかりました(図).

jeb_blog_fig.png図の説明:計算機シミュレーションの結果のまとめ.各円グラフは,それぞれ1000回のシミュレーションの結果,雄遺伝子(灰色),雌遺伝子(白色)のい ずれが固定したかを示している.*はアブラナ科において予想される自家和合型突然変異の生じる頻度を示す.雌しべにもたらされる花粉の量が相当少なくない 限りは,突然変異の生じる頻度が雌に偏っていても,最終的に固定するのは雄遺伝子の突然変異であることが予測される.


私たちのシミュレーションは加えて,雌遺伝子の突然変異が固定しやすい状況があることも予測しています.それは,突然変異の生じる頻度が雌側に偏っており,かつ雌しべに花粉がほとんど供給されない時です(花粉制限;図).周りに他個体がいない,花粉媒介者が訪花しないといった状況では花粉制限が起きると考えられます.離島など,大陸からの移住の際に非常に強い遺伝的ボトルネックを経た可能性の高い集団では,雌遺伝子の突然変異によって自家和合性が進化した例があるかもしれません.さらに実証例を積み重ねていくことが重要です.

本研究をおこなうにあたって、鈴木班(諏訪部・渡辺)高山班のみなさまとの議論が大きな役割を果たしました。ここに感謝します。

Tsuchimatsu, T. and Shimizu, K.K. (2013) Effects of pollen availability and the mutation bias on the fixation of mutations disabling the male specificity of self-incompatibility. Journal of Evolutionary Biology 26: 2221-2232.
DOI: 10.1111/jeb.12219 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jeb.12219/abstract


(班友 チューリッヒ大学 清水健太郎)

ページトップへ|新学術領域|ゲノム・遺伝子相関