文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究」
シダ植物のいくつかは,集団における遺伝的な多様性を確保するため,雄と雌の比を制御するフェロモン様の物質を分泌します.このフェロモン様の物質はアンセ リジオーゲンとよばれ,その構造は植物ホルモンであるジベレリンと類似しており(図1)、雄の個体を誘導するはたらきがあることが知られています.この論文において私たちは,シダにおけるアンセリジオーゲンを介した個体間のコミュニケーションについて明らかにしました.この個体間コミュニ ケーション系とは,異なる生育ステージにある個体のあいだでジベレリンの生合成経路を分けて所有することにより成立するもので,アンセリジオーゲンはこの 2つの個体をつなぐ架け橋として機能することが分かりました(図2).すなわち,集団において早く成熟した配偶体はアンセリジオーゲンを周囲に分泌されますが、それ自体は生理活性を持たず,生体に取り込まれやすいという性質を持っています.遅れて発生した若い個体は分泌されたアンセリ ジオーゲンを取り込み,生体においてこれを活性型ジベレリンへと変換することにより雄の個体の形成がはじまることが解明されました.
図1 アンセリジオーゲンおよびジベレリンの構造
アンセリジオーゲン(GA9-Me)はジベレリン(GA4)と非常に似た構造をとっているが,C3位の水酸基を欠き,C6位のカルボキシル基がメチルエステル化されている点が異なる.
図2 カニクサにおけるアンセリジオーゲンによる性別の制御機構
成熟した個体において,ジベレリンの生合成経路の上流にある酵素までを使用したのち,メチルトランスフェラーゼによるメチルエステル化をうけてアンセリジ オーゲンは完成する.分泌ののち,若い個体に取り込まれたアンセリジオーゲンはメチルエステラーゼによる脱メチル化をうけ,つづいてGA3oxによる水酸 化をうけてジベレリンへと変換される.さらに,GID1により受容されることでジベレリンシグナルがオンになり,造精器の形成が誘導される.
Antheridiogen determines sex in ferns via a spatiotemporally split gibberellin synthesis pathway.
Junmu Tanaka, Kenji Yano, Koichiro Aya, Ko Hirano, Sayaka Takehara, Eriko Koketsu, Reynante Lacsamana Ordonio, Seung-Hyun Park, Masatoshi Nakajima, Miyako Ueguchi-Tanaka, Makoto Matsuoka
Science, 346, 469-473 (2014)
この内容を紹介した日本語の概要が「ライフサイエンス 新着論文レビュー」に掲載されています(http://first.lifesciencedb.jp/archives/9500)。そちらも参考にしてください。
今回の成果は、東北大・東谷教授との共同研究で、計画班の松岡班との共同研究でもあります。東北地方は今でこそ、冷害という言葉が重くのしかかることはないですが、それでも沿岸部など、イネの作付けができないところもあります。そうした低温での花粉成熟を遺伝子組換えでなく助けることはできないかという画期的な手法です。植物ホルモン・ジベレリンと糖を複合投与することで、稔性が回復することを発見し、その原因を突き止めたものです。「生殖」と「低温適応」という環境との相関のモデルになるようにできればと思います。
Reduction of gibberellin by low temperature disrupts pollen development in rice.
Sakata, T., Oda, S., Tsunaga, Y., Kawagishi-Kobayashi, M., Aya, K., Saeki, K., Endo, T., Nagano, K., Kojima, M., Sakakibara, H., Watanabe, M., Matsuoka, M., and Higashitani, A.
Plant Physiol., in press, (2014)
本研究は、成長ホルモンであるジベレリンがどのような仕組みで高等植物の茎を伸長させるかを明らかにする目的で行ないました。イネではSLR1と呼ばれるタンパク質が茎の伸長を抑えています。私たちの最近の研究から、ジベレリン受容体(GID1)がジベレリンを受け取るとSLR1と結合し、そのことによりSLR1の伸長抑制効果が失われイネが伸びることが分かっていましたが、SLR1がどのようにして植物の伸長を抑えているかについては不明でした。
今回の論文で私たちは、SLR1が遺伝子の転写を活性化するタンパク質であることを発見し、SLR1の転写活性化力を強めたイネは非常に小さくなり、逆に弱めたイネは伸びることを示しました。またSLR1の転写活性化力はGID1と結合すると失われたことから、なぜジベレリンが存在するとSLR1による伸長抑制効果が失われイネが伸びるかという疑問に対して理解が深まりました。SLR1がどの遺伝子の転写を活性化しているかはまだ分かっていませんが、今回の結果を考えると、おそらくは伸長を阻害する遺伝子の転写を活性化していると思われます。
The suppressive function of the rice DELLA protein SLR1 is dependent on its transcriptional activation activity
Ko Hirano, Eriko Kouketu, Hiroe Katoh, Koichiro Aya, Miyako Ueguchi-Tanaka, Makoto Matsuoka
The Plant Journal誌
http://onlinelibrary.wiley.com/journal/10.1111/(ISSN)1365-313X
研究成果がNature Communicationsに掲載されました。
本研究は、成長ホルモンであるジベレリン(20世紀の作物増収を引き起こした「緑の革命」に利用されたホルモン)が、植物進化の過程でどのように出現し、つかわれるようになったかを明らかにすることを目的としました。私たちの以前の研究から、ジベレリンは植物の生長や生殖を制御すると知られていたましたが、約4.5億年前に出現したコケ植物には存在せず、その後に誕生したシダ植物で初めて使われるようになったと考えられていました。今回、私たちはシダ、コケ、イネの胞子(イネでは花粉)が出来る生殖過程を詳細に調べたところ、この過程にはこの3つの植物で非常に似ているが、イネとシダはこの過程のスイッチを入れるためにジベレリンが必要であるのに対し、コケ植物はジベレリンなしでスイッチが入ることを明らかにしました。この結果は、本来ジベレリンはコケ植物に既に存在した胞子・花粉の生殖システムを促すスイッチとして、後のシダ植物グループの誕生に伴って登場したことを示しており、植物ホルモンが植物進化の過程でどの様に出現し、つかわれるようになったかが解明されました。
研究成果がPLoS ONEに掲載されました。
今回の成果は、松岡班と鈴木班の共同研究によるものであり、イネを材料に用いて、葯特異的遺伝子のネットワーク解析を行ったものです。我々は、以前からイネの生殖器官に注目して遺伝子発現などの網羅的解析を行ってきました。今回の論文発表では、イネの雄性生殖器官において共発現している遺伝子を網羅的に解析し、実際に「減数分裂」や「花粉壁合成」の共発現ネットワークを構築することにより、ネットワーク解析の有用性を議論しています。
Comprehensive network analysis of anther-expressed genes in rice by the combination of 33 laser microdissection and 143 spatiotemporal microarrays.
Aya, K., Suzuki, G., Suwabe, K., Hobo, T., Takahashi, H., Shiono, K., Yano, K., Tsutsumi, N., Nakazono, M., Nagamura, Y., Matsuoka, M., and Watanabe, M.
PLoS ONE (2011) 6: e26162
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0026162
本研究成果のデータは、自由にダウンロードして利用できるようになっていますので、「ゲノム・遺伝子相関」研究に関連して、植物生殖の研究者に幅広く利用してもらえれば幸いです。
鈴木 剛