渡辺の研究室は、これまで、
アブラナ科植物の自家不和合性における分子メカニズムの解明を行ってきました。その過程でいくつかの論文発表を行い、エポックメイキングな発見をしてきました。
今年の4/19の電子版、
4/29の刷子体として、モデル植物のシロイヌナズナの花粉側S遺伝子(SCR/SP11)の一部を改変し、再び、遺伝子導入することで、自家不和合性のシロイヌナズナを作製することに世界で初めて成功し、英国・科学雑誌「Nature」に掲載されたことを報告しました。この成果に引き続き、今回はアブラナ科植物の自家不和合性に見られるS対立遺伝子間での優劣性発現現象に低分子RNA・DNAメチル化が関与していることを正解で初めて証明し、
英国・科学雑誌「Nature」に、日本時間8月19日午前2時(ロンドン時間の8月19日午後6時)に掲載されました。なにより、4ヶ月という間に、2度の「Nature」誌への掲載という栄誉によくしたことに、感謝したいと思います。この研究は奈良先端大の高山教授グループとの共同研究であり、ここ10年あまりの研究が大きく花咲いたことに感謝したいと思います。
さて、研究内容ですが、遺伝学の祖といえば、メンデルであり、「メンデルの遺伝の法則」は有名です。その法則の1つに優性の法則というのがあります。よく遺伝子、遺伝子といいますが、これは、英語の「gene」に当たるものが多く、その遺伝子が染色体上・ゲノム上のどこにあるかというのが、遺伝学でいう「遺伝子座」=「locus」になります。その遺伝子座の上にのっている遺伝子のことを「対立遺伝子」=「allele」といいます。つまり、特定の遺伝子座についてみれば、両親から1つずつの対立遺伝子(allele)をもらうことになります。対立遺伝子には、優性(仮にAとする)と劣性(仮にaとする)があり、この対立遺伝子を1対ずつ、両親からもらうと、子どもの世代では優性・劣性の対立遺伝子を持ったヘテロ個体(Aa)ができあがります。このとき、表現型として表に現れる方を優性(A)といい、隠れる方を劣性(a)といいます。少し説明の順番が逆になりましたが。これまでの多くの遺伝子レベルの研究から、優性の対立遺伝子には、「機能できるタンパク質」がコードされており、劣性の対立遺伝子では、その優性対立遺伝子の一部、あるいは全部に変異が起きていて、正常なタンパク質を作ることができない。だから、劣性対立遺伝子がホモとなった個体(aa)では、植物体に何らかの異常がでる(もちろん、見かけ上でない場合もありますが。。)ということになり、劣性になると良くないというようなイメージがあります。これは、対立遺伝子が2対の場合であり、アブラナ科植物の自家不和合性のように複対立遺伝子、つまり、3つ以上の対立遺伝子からできている場合はどうなるのでしょうか。これがそもそもの研究の出発でした。
研究材料としている、アブラナ科植物のカブ、ハクサイ、ミズナの仲間であるBrassica rapaについて、遺伝学的にS対立遺伝子間の優劣性を決めたところ、いくつかの特徴がありました。特に花粉側では、直線的な優劣性関係が成立していたということです(
Hatakeyama et al. 1998, Kakizaki et al. 2003)。つまり、S9>S44>S60>S40>S29という。この場合、S9は常に優性ですし、S29は絶対的に劣性です。ところが、不思議なことに、S44, S60, S40というのは組合せの相手によって、優劣性関係が優性にも劣性にも変化する。さらに、劣性ホモになったからといって、自家不和合性の形質を失う訳ではないという興味深い特徴がありました。このことは、遺伝子配列を変えず、ヘテロ個体からホモ個体ができるという世代を超えたとき、劣性として隠れていたものは、元に戻れるということができる必要があります。このような後生的に変化をさせるということから、エピジェネティックな遺伝子制御が機能していることを予想していました。2006年に、この優劣性発現に、SP11遺伝子のプロモーター領域のメチル化が関与していることをNature Geneticsに発表しました(
Shiba et al. 2006)が、どのようなことがきっかけとなって、この劣性対立遺伝子特異的にDNAメチル化が誘導されるか不明でした。
今回の実験では、優性、劣性対立遺伝子のS遺伝子座ゲノム構造を比較解析したところ、劣性SP11対立遺伝子の発現を制御するプロモーター領域(この領域がメチル化されることによって、遺伝子発現が抑制される)と高い相同性があり、かつ逆反復配列となった遺伝子構造をした領域を優性S対立遺伝子の中に見つけました。興味深いことに、この配列からは、低分子RNA(small RNA, sRNA)が、SP11と同様に、タペート細胞特異的に発現していました。この低分子RNAが劣性対立SP11遺伝子の相同領域のDNAメチル化を誘導していると考え、この低分子RNAをコードした領域を劣性S遺伝子系統に導入したところ、SP11遺伝子の発現は抑制され、プロモーター領域のメチル化も誘導されていました。つまり、低分子RNA、メチル化というエピジェネティックな遺伝子発現が自家不和合性の優劣性には機能しており、この遺伝子抑制メカニズムが、従来からの古典的な優劣性とは異なり、新規な分子メカニズムを提唱していたことから、このことが評価され、
英国・科学雑誌「Nature」に掲載されました。

Trans-acting small RNA determines dominance relationships in Brassica self-incompatibility pp983-986
doi:10.1038/nature09308
Abstract: http://links.ealert.nature.com/ctt?kn=65&m=35704284&r=MjA1NjAyNDkwMQS2&b=2&j=Nzk5MDQ5OTUS1&mt=1&rt=0Article: http://links.ealert.nature.com/ctt?kn=67&m=35704284&r=MjA1NjAyNDkwMQS2&b=2&j=Nzk5MDQ5OTUS1&mt=1&rt=0 前回のNatureに掲載された論文では、「ダーウィン」の古典的な研究が基礎にありましたが、今回は、「メンデル」という遺伝の祖の研究に新しい概念を提唱できたことは、望外の喜びであります。また、この分子メカニズムを利用することで、遺伝子発現を自由にオン・オフできる可能性があり、植物・作物の品種改良にも新しい概念を導入できるのではないかと思っております。
今後は前回のNatureでの成果と今回の成果をあわせて、自家不和合性研究、植物科学研究に新展開をもたらしたいと思います。
わたなべしるす
PS. News and Viewsにこの論文の内容の解説とする記事をいつも研究の競争相手であるトロント大学のProf. D. Goringが書いてくれていたのは、感動でした。
Gene expression: How plants avoid incest pp926-928
doi:10.1038/466926a
http://links.ealert.nature.com/ctt?kn=358&m=35704284&r=MjA1NjAyNDkwMQS2&b=2&j=Nzk5MDQ5OTUS1&mt=1&rt=0